2010年スペインGP観戦記

 カタロニアサーキットでF1が開催されるようになって今年で20回目なのだそうだ。初開催は1991年。この時代を紹介する際に必ずと言っていいほど出てくる「セナとマンセルが火花を散らしてホイール・トゥ・ホイールで争う」写真が撮られたのがまさに初開催だったここだ。当時といえばマクラーレンはホンダの傑作V12エンジンを積み、赤白のマールボロカラーをまとっていた。フェラーリはエンツォ亡き後の迷走時代で、3度のチャンピオンにして当時の歴代最多勝利記録保持者アラン・プロストの腕を持ってしても勝利を挙げるに至らなかった。現在フォースインディアとなっているジョーダンはこの年初参戦で自転車操業真っ盛り。のちにトロ・ロッソとなるミナルディは門外不出だったフェラーリエンジンを得て飛躍を期していた。鬼才エイドリアン・ニューエイは空力マシン、ウイリアムズFW14でその名をあげ、この年のベルギーGPでセンセーショナルなデビューを飾ったルーキー、ミハエル・シューマッハーはこれが4戦目。F1界に燦然と輝く記録を打ち立てるのはまだ先の話。
 あれから20年。この記念すべきグランプリを自分の目で、耳で体感してきました。南欧の太陽が暮れた青空の下、真っ赤に染まったスタンドから。

5月7日(金曜日)
 バルセロナのサンツ駅は普段から忙しい。長距離路線AVEの発着駅であり、近郊路線の主要停車駅であり、地下鉄が2路線通り、隣接してバスターミナルまである。地元の人から観光客までみんなこの駅を使う。そんな駅にこの週末はF1観戦へのスタート地点という役割まで付いてしまう。券売機にはサーキットの最寄り駅までの往復チケットが買えるボタンが追加され、

「カタロニアサーキットへは○番線から」

という横断幕まで張られている。スタッフも英語が話せる人が多く、完全なF1シフトが敷かれている。これも20年の実績がなせる技だろう。 この案内に従い切符を買いホームを目指すことになるのだがそのホームだけ改札口が独立していて適当なところから入るとそこにたどりつけない。いきなり躓いてしまったが、英語のわかる駅員さんの新設で誘導してもらいようやくホームにつき、列車に乗り込む。

↑バルセロナのターミナル、サンツ駅。サーキットに行きたい人は左上を押しましょう。

目的の駅、モンメロは30分ほどで行けるところにある。意外に近いのだ。駅に着きホームに降り立つ、レースが開催されるとき以外は大した乗降客数ではないのだろうかなり小ぢんまりした駅だ。誘導しなければ電車が通り過ぎたあとに線路を横断する輩が出かねないほど。ノロノロと列は進み、駅舎から出るといきなりグッズショップが並んでいた。そこは軽く流して進むと駅前らしく店が立ち並ぶ。バルはどこもいつもより多めにテラス席を出してこのかき入れ時に備えている。それも越えると今度は車道がどんどん広くなり、交差点も信号機ではなくラウンドアバウトですっかり郊外の風景になった。それだけでは済まない。サーキットに近づくにつれて道路が未舗装になっていく。もうこうなるとちょっとしたハイキングだ。よくテレビで映し出される観客はTシャツ姿で腰のところで上着を巻きリュックを背負っている。日本だと秋葉原あたりでしか見ないような恰好をしているがその理由が身をもって理解できた。
 だって暑いもの。長そでシャツにジャケットを着てきたことを後悔する。

↑モンメロ駅の前も最初は開けていましたが、サーキットに近づくともう山道。緑が気持ちいい。

 やっとのことでサーキットについて最初におこなうのはチケットの入手。すでにネットで予約して、現地受け取りということになっていたので早速そのオフィスに向かう。確保したスタンドからは離れたところであり、チケットを受け取ってからそこに移動するまででさらに一苦労。着いたころにはP1セッションが後半になっていた。いざ入場しスタンドへ。金曜日ということで観客はまばら。最前列でカメラ構え放題だったが、自然吸気エンジンの甲高い排気音に阻まれる。この音を文章にしようなんて言うのはまず無理な話。比喩ではなく鼓膜が破られそうな勢いだった。しかしその音に一発で魅せられてしまったのも事実だ。

↑チケットで指定された席から最初に飛び込んできた風景。これだけ離れていても耳栓なしではいられないくらいのエキゾーストノート!

 今まで現場で見たレースといえば大昔にカナダでドラッグレースを見たのは別としたら、最近ではゴールドコーストでV8スーパーカーとCARTを見たくらいのものだが、そのどちらも基本がトルクの太いアメリカンV8なので排気音は低め、特にチャンプカーをガードレールのすぐそばで見ていても耳栓なしでいられたので少し甘く見ていた。高回転重視でショートストロークのF1エンジンは全く別物の音を奏でていた。2.4リッターのV8でコレなのだから昔のフェラーリのV12などは一体どれだけ官能的な音をしていたのだろう。軽く耳を押さえつつエキゾーストノートを楽しみP1は終了した。

 午後のP2までは時間があるのでサーキットを探検する。金曜日で人が少ないのでメインのグランドスタンドでもわりと自由に入ることができる。コース上ではGP2の走行が行われていた。これは耳栓なしでも行ける。午後のセッションでカメラを構えるべく軽く練習だと撮ってみる。液晶ディスプレイを見てとるとどうしても一拍ずれてしまいなかなかうまくいかなかったがファインダーをのぞいて撮ってみると比較的うまく行っくようになった。あとは望みのところでシャッターが切れるかどうかである。

↑GP2です。結構洗練されたデザインでかえって新鮮です。その一方で「コローニ」の名も、なんて懐かしい響きだ・・・

 スタンド席のすぐ裏はグッズ売り場になっている。当然のことながらフェラーリ関係が一番人気のようだが、メルセデス、レッドブル、ルノーあたりは普段着にもできそうなデザインなのでこちらも結構売れている。マクラーレンのオレンジ色のシャツは自転車に乗る時にもよさそうだ。イメージ商売でもあるF1だからグッズのセンスがいいのは当たり前か。アロンソ関係なら何でも、という人のためなのか、マイルドセブン時代やING時代のルノーのグッズも安く売られている。トップ4(レッドブルとトロロッソは共同で一店舗)+ルノー以外は一緒くたに売られていた。個人的に好きなデザインであるヴァージンはほとんど売られておらず残念。ここで荷物を増やすこともないし、フェラーリ以外のシャツを着てアロンソファンにボコボコニされるのもあれなのでグッズはモナコで買うことにしよう。
←グランドスタンドから望遠MAXにするとピット作業も見えます。

 ビールを飲みながらぶらぶらして、P2の時間になる。売店で耳栓を買い、今度こそスタンドの前列に陣取りカメラを構える。セッション序盤はロータス、ヴァージン、ヒスパニアあたりが周回を重ねる。チャンドックやディ・グラッシあたりはコーナーの侵入までの動きもピタッときまっていないし、トゥルーリ、グロックあたりでも進入スピードが心なしか遅く感じる。トップ、中堅チーム当たりが出てくるとその挙動は安定したものになってくる。 
 ヨーロッパラウンドの初戦ということもあり、上海までとは違う外見のとこもある。フェラーリはいよいよFダクトを投入し、メルセデスもミハエル仕様というべきロングホイールベース版を持ち込んできた。インダクションポッドも変わった形状をしている。ヴァージンはとりあえずグロックにのみ燃料タンクを拡大したシャシーを完成させて来たが、ここで早かったのは外見的にはあまり変わっていないはずのレッドブル。初日からベッテルとウエーバーが絶好調。またここまでロズベルグにすら全く歯が立たなかったミハエルが急に上位に顔を出してきた。オーダーメイドのマシンだとこの人はまだまだ速いようだ。その反面ロズベルグにはこのマシンが合わないようで開幕4戦の勢いがない。日本期待の小林可夢偉もトップ10に名を連ね、地元のデラロサともにザウバーも好調だった。
 P2終了と同時にサーキットを後にする。帰りは下りだからまだましな方だが、それでも駅に着くころには足は完全に棒の状態。そんな状態でシッチェスまで足を延ばしてみたが、なんか必要以上に疲れるために行った感は否めなかったなぁ・・・いいところだったけど。
5月8日(土曜日)
 ネットやiPodで確認した天気予報では結構強い雨が降るという予報だった、しかし、バルセロナ市内はもとよりサーキット周辺も雲ひとつないドッピーカン。カッパを買おうか真剣に迷ったが取り越し苦労に終わった。そういえばテレビの天気予報だけは周りが全部雨の中、バルセロナだけ晴れになっていたが、はたしてそのとおりになってしまった。
 サンツ駅の段階で昨日の3倍ほどのフェラーリのシャツを着た人を見ていたのでこれはスタンドも相当混雑しそうだ。指定された席が真ん中だったので満員になって身動きが取れなくなるとこれは辛い。P3が始まる前にインフィールドの自由席に行ってみる。西武ドームの外野席のように芝生敷きでイスはない。みな各々折り畳み式の椅子やビニールシート、人によってはビーチパラソルまで持参してピクニック気分でレ-スだけなく、雰囲気も存分に楽しんでいた。市街地コースではさすがにこの開放感は味わえない。こういうのも一つサ-キットレースならではの楽しみ方だと感じた。

↑雲はあるものの抜けるような青空。今日はジャケットは着てませんよ。

 この自由席、まず普通に入れるうえに金網の最前列はカメラを携えた人たちがズラリ。iPhone片手の人から日本野鳥の会もビックリの望遠レンズを付けたカメラを構える人まで、年齢も人種も手にしたカメラまでさまざな列に自分も加わる。ここなら動き放題だし閉塞感もない。よし、決定。今日はこちらで見ることにする。

 P3がはじまり周囲が一斉にファインダーをのぞき始める。金網越しではあるけれど、その向こうにピントを合わせると意外なくらい気にならない。そしてかなり近い。どんどん撮っていくのだが、ピントを合せ、さあこい!というときに来るのがほぼ必ずトロロッソとフォースインディアで、メルセデスやフェラーリあたりはコース上に出ている時間が短いというのもあるが、なかなかシャッターチャンスに恵まれないのだ。この傾向はその後も延々と続くことになる。結果、ここで失敗を洗い出せるのでトップチームは失敗作が少なくて済んだ。

若干斜めに黒ずみが出ていますが、コレが金網。どうです、目立たないでしょ?


 P3を終えるころには観客がさらに増え始めたので午後の予選は別の場所で撮るかと少し歩いて回る。さすがにこの時間になると人の入りも多くなり金網近くにはもういけないし、マシンが近くで見える代わりに全体の流れがつかみにくいカタロニアサーキットの自由席だから、なかなかいいポジションが見つからない。まあ、最上段でも写真撮るにはコレで難儀しないし、合間にビールも買えるからコレでいいかと、結局予選中はQ1、Q2、Q3とこのあたりで細かく場所を変えつつ見た。結果は割と順当なものの中で小林可夢偉が今年初のQ3に進出したことだし、見ごたえのある予選だった。

↑自由席最上段ですがこれくらいの大きさでは撮れましたね。ザウバーのスペイン限定スポンサーになったバーガーキングのマークもちゃんと確認できました。

 この日も予選を見終えてすぐにサーキットを後にする。昨日は割と普通の人の量だったモンメロ駅も今日は臨時の改札口を作って乗客を誘導している。列車の乗車率は180%。太陽の下、みっちりハイキングをこなした後での満員電車はかなりこたえる。ただ、サンツ駅の前で降りる人も結構多いのが救いで。ピークさえ過ぎれば座ることもできた。さすがにこの日の夜はバルセロナ市内で過ごした。スペインはバルがあるから一人でも食事に困らないのがうれしい。タパス三昧で酒を飲み、よく眠って明日の決勝に備えることにしよう。見るだけだけど。
5月9日(日曜日)
 いよいよ決勝の日。駅は言うまでもなく真っ赤に染まっている。決勝スタートは2時からだから前日飲み過ぎて昼に起きたとしても、がんばれば間に合う時間だが、特に自由席の人たちはいい席を確保するためにも出発が早い。スタンド席から眺めてみると緑の芝生は全く見えずほぼ赤。今日ばかりは立錐の余地なしのようだ。その一方自分が見るスタンドは決勝日だというのに空席が目立つ。まあ、決められた席に座らなくてもいいし、カメラを構えるのも気兼ねがないからこれはこれでいいのだ。
←ファンのお目当てはもちろんスペインの英雄・・・あ、コレはチャンドックだった。

 午前中にGP2の決勝が終わると。ドライバーたちのパレード。トラックの荷台のようなところに集まってサーキットを回るのを良く見るが、ここではカタロニア自動車クラブ所有のクラシックカーに乗って一人ずつの行進だ。ミハエル、バトン、ハミルトンといったワールドチャンピオンへはもちろん、スペイン出身のデ・ラ・ロサとアルグエルスアリにも大きな歓声が飛ぶが、大トリで現れたアロンソはもうケタ違いの人気で近づくとファンは総立ちで、サーキットに赤いウェーブが起こった。
←こっちが本物。歓声もウェーブとなってでサーキット中にこだましていました

 そして決勝が始まる。コースインしたマシンが次々とエキゾーストノートを奏でながらグリッドに着く。こちらも右手にはカメラ、左手にはビール、しかも調子に乗って1リットルサイズを買ってしまった、を携えて準備完了。このレース、大きな動きがあるとすればスタート直後、1コーナーの飛び込みしかない。特にポールのウエーバーはマレーシアでは2番手のベッテルにスタートで先行されてしまったため、今回は特に警戒するだろう。この動きに乗じて2列目のアロンソも漁夫の利を得たいところだし、可夢偉のジャンプアップも是非ともみたいなどと注目すべきところは多い。逆に言えばスタートで波乱がなかったらそのあとは何も起こらない可能性の方が高いのだ。なにしろここはF1のなかでも指折りの「波乱が起きない」カタロニアサーキットなのだから。そんなことをフォーメーションラップ中に考え、すぐ向かいのスクリーンと右手の先のホームストレートに集中、レッドシグナルが点灯していくのを固唾をのんで見守る。

 ランプが消えた。24台のF1カーが一斉にこちらに向かてくる。

↑いよいよスタート!一応このレース一番の見所を目の前で見られましたよ!

 1コーナーを制したのは、ウエーバー!ベッテル、ハミルトン、アロンソと続く、ここまではクリーンだったものの、バトン、ロズベルグ、それに可夢偉も順位を下げてしまう。ここでレースの大勢はほぼ固まってしまった。とにかくウエバーが逃げる逃げる逃げる。少し動きがあったのはタイヤ交換が終わってからで、ピットアウトのタイミングでハミルトンが半ば強引にベッテルをパス。さらにその後ろではバトンがミハエルを抜きあぐねている。4位のアロンソト5位のミハエルとの差はどんどん広がる一方で後ろが詰まってきた。ここのホームストレートのような長い直線でこそFダクトのあるマクラーレンが有利なはずなのに、そこは腐っても7タイムスチャンピオン絶妙なライン取りでディフェンディングチャンピオンを抑え込んでいく。結局無駄にプッシュすることを避けたのか5周もしたらバトンはミハエル追撃を諦めてしまった。あと後考えればこれは賢明な決断だったのかも。

(左)ミハエル対バトン。偉大な「皇帝」もこの数戦は第2集団のペースメーカーになってしまっていますが、ここでも。
(右)ハマると手が付けられないくらいのがウエーバーの魅力。低空飛行の序盤戦はこれでチャラ。


 それ以降はリタイヤもほとんどなく、順位の変動もなく、バーレーンの時のような等間隔の単独走行でエースが進んだ。はっきりいって完全に間延びしてしまっている。このままいくと「アロンソ4位」という一番しらける結果になってしまうと思ったら、ちゃんと神様は見ていたようだった。
 まずベッテルがブレーキにトラブルを抱え始めて徐々に挙動がおかしくなりコースアウトを喫する。これで後退してしまいアロンソが3位、表彰台圏内に入った。すっかりおとなしくなってしまった客席に活気が戻り始める。さらにラスト2周。今度ははミルトンのタイヤがバーストしてクラッシュ。スペイン人にとってはアロンソをマクラーレンから追い出した「天敵」がリタイヤしたことでこれでアロンソが2位に。そしてウエーバーがトップチェッカーを受けた。優勝とは行かないまでもアロンソが表彰台に上ったことで観客も大満足。スクリーンで表彰式を見終えると皆ぞろぞろと帰り支度を始めた。

 サーキットからの帰り道は当然この週末一番の大混雑。バルセロナに帰る人たちの列が途切れることなく続いている。モンメロの駅も昨日よりも駅員を増やして対応に当たっていた。車内は乗車率150%ほどをキープしているようでギリギリ耐えられるくらい。サンツ駅に着いたらそのままバルへ直行した。この流れでシャワーを浴びて一休みしたら間違いなくそのまま朝まで起きないのは確実だったろう。テレビを見るとスタローン主演の「ドリブン」がやっていた。あまりに突っ込みどころ満載のトンデモ映画で実にアメリカ人受けしそうな作品だった。でもF1見た後にこれを見るのは・・・ちょっとねぇ。

疲れで胃も活動的ではないのでビール一杯とタパス二皿で腹一杯になってしまい、宿に帰ってシャワーを浴びていったん横になったらそのまま朝になってしまった。
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